【事なかれ主義】NGT暴行問題で見えた責任の取り方

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先日、NGTメンバーの山口真帆さんへの暴行問題について第三者委員会からの発表がありましたよね。

 

 

しかし、会見はひどい有様。

事件の原因となったメンバーや関係者への処分は不問にする、被害者への対応は杜撰等、誰が見ても解決に向けて進んでいないひどい内容でした。

被害者に対して誠意を持った対応や、加害者側への厳正な処分と今後への再発防止策を真面目に考えるという当たり前のことができているとは到底思えません。

 

 

なぜこのような杜撰な対応となってしまうかというと、やはり『事なかれ主義』の思考が原因じゃないかと思われます。

たしかに、会社で勤務していたり組織の不祥事のニュースを見ていると、誰も責任を取らず有耶無耶にする光景をよく目にするかと思います。

 

 

今回のNGT暴行事件への運営側のこのような対応がなぜ起きてしまっているのか考察したいと思います。

 

 

【NGT運営の事なかれ主義】

事なかれ主義はなぜ起きる?

大きな組織になればなるほど、事なかれ主義は蔓延しているようです。

 

 

例えば、公務員。

減点方式な評価基準なため、何か失敗をすればマイナス評価となります。

何もしない方がプラスもマイナスも無くお得となる世界。

そのため、1つの行動を決定するためにたくさんの時間と承認が必要となります。

そうすることで、責任の所在を有耶無耶にし自己防衛ができるということです。

 

 

誰も責任を取りたくない、責任を負わされたらゲームオーバーみたいな考えが根本にあります。

大量の時間と大量の人の承認を経ないで、少数でスピーディーに決定するとその人に責任が行くので、誰もトライしようとしません。

 

 

そして、責任を負わされた人は厳しい処分を受けて組織や集団から見放されることになります。

問題を解決するという未来志向ではなく、失敗した人をどう裁くかばかりにこだわり、何も根本的な解決にならないまま過ぎ去ってしまいます。

 

 

こういった対応の最も根本になっていることは、「心の不寛容さ」だと思います。

何か少しでも悪いところがあれば、こぞって叩くことが最近多い気がします。

その程度のことなら誰しもありえることなのに・・・ということでも、まるで大犯罪をしたかのように面白がって非難したりする。

このような心の不寛容さが蔓延していることが、「事なかれ主義」を一層加速させているのではと思います。

 

 

 

責任の意味を間違っている

「責任の取り方」って一体どんなものなのでしょうか?

 

 

私は、責任の取り方というのは「起きてしまった問題に対してどう対処するか、再発防止をするにはどうすべきか」を考えることだと思っています。

 

 

しかし、最近のニュース等で目立つのは「責任者への処罰とお金の保障」だけにこだわってしまっているように見えます。

たしかにお金の保障は必要でしょう。

法的にも明記されていたりしますし、被害者側への対応としてはあるべきものです。

 

 

問題なのは、責任者への処罰です。

その責任者を解雇したり報酬をカットすることで何か状況が好転するでしょうか?

一定の処罰を受け、責任者の席から退いてしまえば、その責任者はもはや何の解決もしないままに終わっていくだけです。

 

 

責任の取り方とは、処罰に重点を置くことではなく、将来に向けてどのように解決と防止策を考えるかだけではないのでしょうか。

 

 

 

どうすべきだったのか

 今回の運営側の対応は事なかれ主義が露呈しただけのものでした。

被害者側への対応、加害者側への処分、今後の運営方針、再発予防策のどれをとっても意味不明なものです。

 

 

責任を取りたくないという考えがこのような結果を招いているのではないかと思います。

起きてしまったことを無きものにしようとする姿勢は火に油を注ぐだけです。

どのようにしていくかを真摯に考えて、謝罪と対応をすればこのような炎上騒動にならずに済んだでしょう。

マスコミや世間が不満を表明している現状で、今後どのような対応をしていくのか注目すべきところです。

 

 

NGTでの問題だけでなく、日本全体でも同じことが言えると思います。

心の不寛容さが招く、間違った責任の取り方と事なかれ主義な問題対応。

他人を叩くことに腐心して減点方式な思考パターンの行き着く先が、このような状況ではないかと考えます。

 

 

みんながもっと周囲に寛容になり、問題が発生しても前向きな方法を取れるような社会になっていってほしいものですね。